TIFF開催の前の7月には、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、11月には東京フィルメックスが開催され、いずれでも興味深い作品や素晴らしい映画監督や俳優たちとの出会いに恵まれた。
映画にとってのハレの場で得た多くの出会いは、貴重で幸せな時間である。
それらのインタビューを紹介していこう。
海外からの多くの映画人が再び集った、東京国際映画祭
東京国際映画祭2023は、今年で36回目を迎え、10月23日から11月1日に開催された。
コロナの影響でオンライン・インタビューが続いていたところ、私も昨年からリアルな対面インタビューをすることが出来た。
次いで今年は来日するゲストの映画人も急増。迷うことなくリアルなインタビューに臨んだが、インタビューするべきはどなたか大いに迷ったものだ。
TIFFのコンペティション作品の審査委員長となった、ヴィム・ヴェンダース監督の新作『PERFECT DAYS』(2023)は、すでに今年のカンヌ国際映画祭(以下文中、カンヌ映画祭あるいはカンヌと表記)で、主演の役所広司が主演男優賞に輝き、今年度のアカデミー賞外国語部門賞の日本代表作品にも選出されている優れた作品で、TIFFのオープニングを飾った。
ヴェンダース監督も来日し、誰もがインタビューしたい人物であったと思う。
もちろん、私も例に漏れないところであったが、同時に、「ワールド・フォーカス」部門で上映された、ヴェンダース監督の母国ドイツの黒歴史をテーマに描き続ける、画家アンゼルム・キーファーのドキュメンタリー映画『アンゼルム』(2023)にも強く惹かれ、この作品についてのヴェンダース監督のインタビューを狙った。
幸いにも、この作品について監督はインタビュー時間を設けてくれることにもなったが、惜しいことにコンファームの時間が間に合わず、叶わないままに終わった。多くの映画作品を観ることにも追われる映画祭最中では、チャンスを逃したり、思うようにはいかないことも少なくない。
これぞ、映画祭ならではの運不運まみえる出来事で、負け惜しみながら、これもまた、映画祭の面白さであると言える。
来日映画人をインタビュー出来る場が、国際映画祭
しかし、さらなる幸運にも恵まれ、「ガラ・セレクション」部門のフランス映画、『ポトフ 美食家と料理人』(以下文中、『ポトフ』と表記)は日本での公開を2023年12月15日に控え、監督のトラン・アン・ユン監督、加えて急遽、滑り込みで来日した主演男優のブノワ・マジメルのインタビューの時間をいただけることになる。これもまた、映画祭ならではの予定外の喜ばしい出来事であつた。
『ポトフ』は、『青いパパイヤの香り』(1993)でデビューしてカンヌ映画祭で長編第一作作品に贈られるカメラドールを獲得した、トラン・アン・ユン監督の久々の新作である。
みごとにも、今年の同映画祭で監督賞に輝き、アカデミー賞外国語映画賞にフランス代表として選出された映画となった。
長年の映画監督としての評価を裏づける作品が生み出されたことを知るにつけ、こちらまで幸せな気持ちにさせられるものだ。
ブノワ・マジメルは、彼がまだ10代ながら出演してデビュー作品となった『人生は長く静かな河』(1988)を、弊社巴里映画で配給してもいるので、その後大成功してフランスを代表する男優となったマジメルから、今の心境がどのようなものかうかがえるという、めったにない機会に恵まれたことになる。
加えて、昨年14年ぶりに復活した「黒澤明賞」に選出されたインドネシアのモーリー・スリヤ監督にもインタビューすることになった。
彼女には前々から興味を持っていた。
彼女が2017年の東京フィルメックスで高い評価を得て、最優秀作品賞に輝いた『マルリナの明日』(2017)の監督であったからだ。
この作品は、カンヌ映画祭の監督週間に正式出品され、インドネシアを代表してアカデミー賞外国語映画部門にもノミネートされた。同作品の斬新さは、多くの新進気鋭かつ特異な才能を際立たせる東京フィルメックスという映画祭においても、抜きん出た監督だと感心させられたものだ。大好きな映画の一本として、私の中では今も記憶に新しい作品である。
ウエスタン風味のスタイルで、フェミニズム的な色合いも感じさせながら、素直にエンタテインメントとして楽しめる、女性監督ならではの唯一無二の映画だと思っている。世界で広く公開されて、新たな才能に注目が集まった。
さらに、提携企画として続いている、その年の映画祭の受賞作品をTIFFで上映・披露している、スキップシティ国際Dシネマ映画祭は今年で20回を迎えたが、ここでも出会いがあった。
受賞は逃したが、コンペティション部門に選出されたトルコ映画『エフラートゥン』の監督、ジュネイト・カラクシュの作品とインタビューも興味深かった。
同じくTIFF提携企画の映画祭でもある、東京フィルメックスも24回目の映画祭を開催。この映画祭で映画制作を学び完成させた映画作品が世界に羽ばたき、カンヌ映画祭などでも評価もされたというアジア作品が複数ノミネートされ、列挙された。その作り手である才気溢れる映画人も来日した。
ことほど左様に、複数の国際的な映画祭を軸に、新旧の映画は様々に繋がりを見せていく。そこには、映画が持続可能であることが見て取れる。このへんが映画好きにとっては、映画祭の魅力の一つとなっているのだ。
カンヌ映画祭で高い評価を得た『ポトフ』をTIFFで観る喜び
『ポトフ』の監督、トラン・アン・ユンには、作品のことはもちろんだが、まず初めに映画祭についてうかがってみた。
本作は、ユン監督が19世紀末にフランスで生み出され、ヨーロッパでもてはやされていたガストロノミーという美食文化について取り組んだ作品だ。
美食を芸術の一つにまで引き上げた功績を持ち、今も美食家や料理人のバイブルとして讃えられている『美味礼賛』の著者でもある、ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランをモデルにした小説『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』(マルセル・ルーフ著)を原案として、脚本を作り映画化に成功した。
スクリーンでは、100年前の時代に、主人公の高名な美食家ドダンが考案し、それらに忠実に取りくむ女料理人ウージェニーが再現する料理の数々が、素材作りから始まり調理の仕方、味付けなどが詳細に描かれる。
メニューの監修にはフランスの三ツ星シェフとして知られるピエール・ガニェールが担当し、アートにも等しい料理の数々が生み出される。
美食家ドダンをブノワ・マジメル、彼に20年仕える料理人ウージェニーにジュリエット・ビノシュが起用され、二人の美食に賭ける情熱と生き方を迫真の演技で魅せる。
会話や音楽を最小限に抑え、豊かな素材が刻まれ、煮込まれたり、時に炒められ蒸されて、ソースにまみれたりという調理の場の音を効果的に響かせる。この音が実に耳に小気味良いのだ。
美意識溢れるユン監督の世界観は、時代を超えて今なお揺るぎなく、観る者をときめかせてくれる。
美食家と料理人として切っても切れない関係を続けてきたドダンとウージェニー。ドダンはウージェニーに求婚をし続けているが、受け入れられないままでいる。そんな男と女は、信頼の絆で結ばれ、それを越えた愛を感じ合ってもいるようで、その微妙な関係が醸し出される。
時に、ユーラシア皇太子にフランスの極上の美食とは何かを、目にもの見せようという機がおとずれる。
そこでドダンが選び抜いたメニューは、なんとフランスのおふくろの味たる家庭料理「ポトフ」だという。
この思いがけない選択はどのようにして成功するのか。そして、二人の男と女の静かなる愛の結実はあるのか……。究極の食メニューと究極の愛、それぞれの行方に心を揺さぶられながら、名曲『タイス』が流れる幕引きに、溢れだす涙を抑えることが出来ない。
久々の極上の大人のためのフランス映画を、TIFFで目の当りにした観客は最高に幸せな気持ちになれたことだろう。
また、私生活で元夫婦であったが、現在はそれぞれ別の人生を歩むマジメルとビノシュの二人の共演を、この作品で再び観ることが出来るのも、監督と映画の持つ力に感謝しつつ、目を見張るほどの嬉しいことではないか。
これぞ、映画からのギフトである。