『ROMA』に続き海岸でのシーンがキーになったのは「偶然の一致」
ーー「ディスクレーマー 夏の沈黙」は原作がありますが、どんな部分に惹かれたのでしょう。
「原作はとても説得力があるストーリーで、なおかつ探究したいテーマがたくさんありました。これを映像にしたら、観る人に“自分自身の物語”だと感じさせられると直感したのです。そこで『ROMA』の後に新たなパートナーになってくれたApple TV+に本作を提案してみました」
ーーその時点で長編映画ではなくドラマシリーズでやろうと?
「はい。最初は8つのエピソードを想定して脚本を書き進め、最終的に7つに分割しました。一方で映画祭などで一気に上映することも考え、ひとつの作品にまとめたつもりです」
ーー東京国際映画祭でも前編7話、後編3話に分けて上映されましたね。主人公のキャサリンにケイト・ブランシェットを想定して脚本を書いたそうですが、他のキャストも役にぴったりの名演技をみせています。
「キャサリンと同じくらい私が感情移入したのは、ニコラス(キャサリンの息子)のキャラクターでした。そこで、この役を演じられる世代で最も才能を感じたコディ・スミット=マクフィーに任せたんです。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で高い評価を受けましたが、私はそれ以前の、ヴァンパイアの少女と恋をする『モールス』の頃から彼に注目していました。撮影現場では演技に対してとても真摯に向き合う俳優でしたね」
ーーキャサリンが過去に“ある関係”を結ぶ青年ジョナサン役のルイス・パートリッジ、若き日のキャサリンを演じるレイラ・ジョージも、本作をきっかけに躍進しそうですね。
「ルイスは、よく知られている『エノーラ・ホームズの事件簿』と、ダニー・ボイルが監督したミニシリーズ『Pistol』でのシド・ヴィシャス役が別人のようで驚きました。今回のキャスティングの際に面会して、その奥深い魅力を改めて発見しました。そしてレイラは、両親がグレダ・スカッキとヴィンセント・ドノフリオという“サラブレッド”ですが、周囲につねに心を開くタイプ。こちらも才能に惚れ込んで抜擢しましたよ」
ーーレイラとケイト・ブランシェットは同一人物を演じたわけですが、雰囲気を似せるなど何か特別な演出をしたのですか?
「現在の技術では、俳優をAIで若返らせることも可能でしょう。でも私はそんなことをしたくなかった。だからレイラに“過去のキャサリン”の雰囲気を表現してもらいました。最初にロンドンでケイトのシーンを撮影し、それをレイラは観察しながら細かくメモを取っていました。ケイトはセリフがそれほど多くないので、髪を触るなどちょっとした仕草を見つけ、参考にしたんだと思います。その後、レイラのパートを撮ると、彼女は普段とは別人のような演技をみせ、若き日のキャサリンになりきっていました」
ーーその若き日のキャサリンのシーンでは、イタリアの海岸が登場し、そこでの出来事が作品全体の重要なポイントになります。前作の『ROMA』でもラストシーンは海で劇的なことが起こりました。
「それは明らかに偶然の一致で、私も作品を観た人に指摘されて初めて気づいたくらい(笑)。こういうことはよく起こるんですよ。たとえばギレルモ・デル・トロの映画には腕時計やトンネルがよく出てきます。おそらくギレルモは意識して使っているわけじゃない。無意識というか、偶然に何かがシンクロするのは、映画作家のひとつの側面ですね」