指先に宿る“魔法使い感”は神木隆之介のキャラ造形
──本庄のビジュアルは、いつもの神木さんのイメージとは異なり、初登場のシーンで「おっ!」と驚かされました。
神木さんは、等身大のキャラクターも、少しクセのある役もどちらも演じられる方なんですが、どちらかというと観客に寄り添い、物語の視点となるキャラクターを演じることが多い印象があります。だからこそ今回は、「あ、これが神木さんの本庄なんだ」と観客に思ってもらえるような佇まいをどう作るかが大きな課題でした。
見た目や雰囲気をどう変化させるかは、最後の最後まで試行錯誤しましたね。ミステリアスさをどう立ち上げるか、どう“いつもの神木隆之介”からズラすか。その微妙なバランスを探る作業は、かなり時間をかけて取り組んだ部分です。
──髪型や衣装といった「外側」で苦労されたのですね。
外側の作り込みにはかなり時間をかけました。神木さんは、外側の造形を踏まえて内面を深掘りしていくタイプの俳優なので、“本庄が舞台に立つとき、どういう姿であるべきか”という点をすごく気にされていました。
本庄のあのスタイルは、最初からああだったわけではなくて、本庄自身が“テレビ映えするクイズスター像”をつかみ取っていった結果なんです。だから、少し大きめのフードだったり、萌え袖っぽい袖の長さだったり、どこか“白魔道士”のような雰囲気だったり──僕たちの中ではそう呼んでいたんですが(笑)、あの独特のシルエットにたどり着くまでに段階がある。
映画の後半では、普通の大学生だった頃の本庄から、カリスマ的なクイズプレイヤーへと変化していく過程も描かれます。だから“本庄になりかけの本庄”という途中段階も必要で、髪が少しずつパーマっぽくなっていくなど、細かい変化を積み重ねていきました。
衣装も、ただ着るだけではなく“動作の中で遊べる服”にして、座っているだけでもどこか異様さが漂うように工夫しています。そうした外側の積み重ねが、本庄というキャラクターの存在感につながっていったと思います。
──本庄の決めポーズが印象に残りました。
“画面に映える仕草”が必要だよね、という話は最初からありました。本庄は、テレビとともにのし上がっていくことを心に決めた人間なので、限られた時間の中で、上半身だけで、カメラの前で“観客の心をつかむ”必要がある。だから、何か象徴的な動きが欲しかったんです。
神木さんは、QuizKnockの伊沢(拓司)さんが「東大王」で見せていた独特の仕草──袖をキュッと上げる動きなど──を観察して、そこからヒントを得た部分もあったようです。逆に“魔法をかけるような仕草”もアイデアとして出てきて、実は指輪をしているのもその延長線上にあります。“魔法使い感”をどう出すか、という遊びですね。
そういう細かい部分は、神木さんがどんどん膨らませてくれました。仕草ひとつ、手の動きひとつに意味が宿っているので、そうした指先一つひとつの細かな表現に注目して見ていただけると、本庄というキャラクターの深みがより面白く伝わるのではないかと思います。

──中村さん、神木さんが監督の理解を飛び越えていることも多く、振り落とされないよう必死だったと語っていらっしゃいますが、具体的にそう感じたシーンはどこですか。
象徴的だったのは、“解答席の周りを一周しながら対峙する”シーンですね。あそこはセリフと設定だけがあって、細かい動きは現場で作っていく形だったんですが、僕らはほとんど“見守るだけ”の状態でした。
その中で、神木さんが突然、上着を脱いで椅子にかけ、歩き出すという動きを入れたんです。すると今度は中村さんが、その流れの中で自然に上着を拾い、本庄に返すというアクションを生み出した。脚本には一切書かれていないのに、二人の中から自然に立ち上がった動きでした。
そのやり取りが象徴的で、本庄の“ある想い”と、それを三島がどう受け止めるか──観客の解釈によっていろいろな意味が見えてくる。編集しながら「ああ、こういう意図だったのか」と僕自身が後から気づくことも多かったです。
もうひとつ印象的だったのは、序盤の“本庄の目”の話です。神木さんが突然、「ここ、僕ちょっと“いっちゃった目”してますね」と言ったんです。遠くを見るような、決まりきった強い目。その時は「かっこいいから良いですよ」と答えたのですが、後で編集してみると、その表情が後半の重要な局面での回想シーンとして出てきた際、180度違う意味を持って響いてきたんです。あそこまで強い印象を残す目をしていないと成立しなかったんだな、と僕の方が数ヶ月遅れで気づかされました。
一方、中村さんも非常に計算された表現をされる方です。後半の本庄に対するリアクションで、“うんざりしているようで、でも軽蔑ではない”という非常に難しいニュアンスを自然に作ってきてくれました。本庄のトリッキーな言動をどう受け止めるかという非常にバランスの難しい表情なのですが、その複雑な感情を一瞬の表情で表現していたのです。いざカットを繋いでみると、その「うんざり」という表現が実に見事に機能していました。これも脚本以上のものを現場で生み出してくれた部分です。
お二人とも、直前まで雑談しているような雰囲気なのに、いざカメラが回ると、こちらが想像していた以上の深さを持った芝居を出してくる。後になって伏線が回収されるような感覚は、監督としても非常に面白かったです。

