「水」というモチーフに託した正解のない人生
──劇中で坂田が「スポーツ中継と比較して、クイズ番組は動きが少ないのでコスパが良い」と語るシーンがありますが、映画作品としては「動きの少なさ」は難しさにもなり得ます。そこをどのように乗り越え、観客の感情を動かす演出を施したのでしょうか。
演出側としても、やはり「座ってばかりの作品」というのは非常にしんどいものがあります(笑)。だからこそ本作では、あの「Q-1グランプリ」というショーの舞台そのものを徹底的に活用しようと考えました。
具体的には、観客の細かな表情の積み重ねはもちろん、舞台の電飾にもこだわっています。テレビ番組の設定を活かし、解答席が発光したり、正解・不正解に合わせて背景の色が劇的に変化したりするように設計しました。実は検証番組のシーンでも、状況に応じて背景のトーンを微妙に変えているんです。座っているだけに見えて実は“動きのある画”になるように設計しました。
座ってばかりの構図であっても、背後のスクリーンやライティングなど、周囲の環境に変化を持たせる。美術監督の相馬(直樹)さん、照明の渡部(嘉)さんと共に、「いかに飽きさせない画を作るか」という課題に対して、舞台上にあらゆるギミックを配置し、試行錯誤しながら作り上げていきました。
──「沈黙の艦隊」シリーズでの経験が活きたのでしょうか。
「沈黙の艦隊」シリーズで味わった“苦しさ”は、今回かなりヒントになりました。あちらは登場人物の数こそ多いんですが、基本的にみんな座っていて、1対1で向き合うだけのシーンがとても多い。演出家泣かせなんです。
だからこそ、周囲の環境や視覚的な要素でいかに「プラスアルファ」の支えを作れるかという視点が自然と身についたんだと思います。
本作でも、座っている二人の芝居をどう補強するか、周囲の要素でどう支えるか──その意識は常にありました。

──クイズプレイヤーの「思考」を映像化するうえで、最初に立ち上げたビジュアルのイメージはどのようなものでしたか。
企画の初期段階から、空中に文字を浮かべて思考を可視化するというロジック自体は考えていました。ただ、それをどう膨らませるかが課題でしたね。言葉にするのは難しいのですが、CMやミュージックビデオを手がけるクリエイターの間には、ある種「共通言語」のような表現スタイルがあるんです。「空中に文字を浮かべて思考を表現する」という手法自体には、いわば定番の型が存在します。
今回は、その定番をいかに「ずらして」、新鮮な驚きを与える映像にするか。そこをVFXチームの「jitto」さんと徹底的に議論しながら形にしていきました。単に論理的なロジックを並べるだけでなく、文字をあえて生き物のように動かしてみたり、時にはドロドロとした液体のような質感にしてみたり……。抽象的な表現ではありますが、観客の感情に直接訴えかけるようなビジュアルを目指しました。思考のスピードや揺らぎ、迷いのようなものが、視覚的に伝わるといいなと思っていたのです。
──「ドロドロした液体」というお話がありましたが、泥が滴るシーンにはハッとさせられました。他にも雨粒など、今作では「水」や「落ちる」「流れる」ということがモチーフになっているのを感じます。
本庄がなぜクイズプレイヤーになったのかという背景には、当初から「水」に関わる要素がありました。ただ、撮影しながら気づいたのですが、実は三島にとっても「雨」という形で水が深く関わっていた。二人とも、動けない解答席に座りながら、その内面では水というモチーフにどこか囚われ、引っかかりを感じていたんだなと、今振り返ると思います。
解答席に座る二人は動けませんが、その周囲で細かな「動き」を表現する上で、流動的な水のモチーフはこの作品に非常に合っていたのでしょう。色々な形で水が出てきます。例えば、三島と恋人の間にズレが生じ始めるシーンでは、天気雨を降らせました。これは僕の個人的な感覚なのですが、二人で歩いていて小雨が降ってきた時、傘を差し出すべきか否かという判断に、いつも正解のない居心地の悪さを感じてしまうんです。「これは余計なお世話なのか、それとも格好つけているだけなのか」という、どう振る舞うべきか正解が分からない感覚。そうした曖昧な心理に、形を変え続ける「水」という存在がリンクしていたのかもしれません。
水は流れ続け、時間は刻一刻と過ぎていきます。人間である以上、二人の関係もどんどん「取り返しがつかない」ところへと流れていく。人生と同じで、手のひらからこぼれ落ちていくものをどうすることもできないけれど、状況だけは変わっていく……。そうした象徴的な意味が、「水」や「落ちる」「流れる」という描写に込められていたのだと、改めて気づかされました。

──本作は「なぜ、0文字で正解できたのか」というロジカルな問いから始まりますが、ラストは非常にエモーショナルな余韻を残して締めくくられます。あの着地に込めた想いをお聞かせください。
原作小説の、ドライで知的な思考プロセスは非常にスリリングで、僕自身もそこが大好きなポイントです。ただ、実写映画として生身の人間が演じるとなると、やはり「この人たちは、この後どうなっていくんだろう」という、実写ならではの血の通った感覚が強く芽生えてくるんです。
ですから、戦いに敗れていった者たちも、単に物語を動かすための「装置」や「敗退者」として終わらせたくはありませんでした。彼らがその後、どのような人生を歩んでいるのか。その姿を映し出すことで、映画が終わった後も観客の皆さんの日常へと繋がっていくような、そんな広がりを持たせたいと考えたんです。僕自身も、彼らの「その後」を純粋に見てみたいという気持ちがありました。
映画のスタッフは、スクリーンに映る情報以外にも、キャラクターの生い立ちやプロフィールを深く掘り下げて表現を構築していきます。本作に登場する人々は、そうした想像の余地を豊かに持った魅力的なキャラクターばかりでした。だからこそ、最後にああした形で彼らの人生を肯定するようなシーンを描きたいと思ったんです。
──セミファイナリストの1人、椎名は最後のモンタージュ映像で印象が180度変わった気がします。
椎名という人物については、脚本を書いている段階から「彼女はなぜこれほどまでに写真を撮りたがるんだろう?」と、その理由をずっと考えていました。でも脚本を進めていくうちに、「ああ、そういうことだったのか」と僕自身も腑に落ちる瞬間があって、あの形にたどり着きました。
その背景が見えたとき、椎名という人間が単なる賑やかしのキャラクターではなく、彼女の中にも一つの「正解」や物語があったということが、あの映像を通じて観客の皆さんにも伝わればうれしいです。

<PROFILE>
吉野耕平監督
2016年、「君の名は。」にCGアーティストとして参加した他、オリジナル脚本「サムライボウル」で国内最大の映画脚本コンペティション・城戸賞の同年最高位を受賞。2020年には、脚本・監督・VFXを担当した長編『水曜日が消えた』が劇場公開。2022年、「ハケンアニメ!」が公開。日本アカデミー賞、日刊スポーツ映画大賞、TAMA映画賞、ヨコハマ映画賞など、各賞を受賞。2023年以降『沈黙の艦隊』シリーズを手掛け、演出・脚本からデザイン・アニメーションまで幅広く活動する。

『君のクイズ』2026年5月15日(金)公開
【予告】映画『君のクイズ』<5月15日(金)公開>
www.youtube.com<STORY>
賞金1000万円を賭けて戦う生放送クイズ番組“Q‐1グランプリ”の決勝戦。日本中が注目する中、“クイズ界の絶対王者”・三島玲央と“世界を頭の中に保存した男”・本庄絆は共に優勝まであと一問と、王手をかけた。
そして迎えた最終問題、早押しクイズ。張り詰めた空気の中、本庄は問題を1文字も聞かずに解答ボタンを押す。会場がどよめく中、なんと正解を言い当て、優勝者となった。
なぜ彼は問題を1文字も聞かずに正解できたのか?やらせ? トリック? それとも魔法?三島は前代未聞の「謎(クイズ)」に挑む——。
<STAFF&CAST>
監督:吉野耕平
脚本:おかざきさとこ 吉野耕平
音楽:Yaffle 斎木達彦
クイズ監修:QuizKnock
出演:中村倫也、神木隆之介、森川葵、水沢林太郎、福澤重文、吉住、白宮みずほ、大西利空、坂東工、ユースケ・サンタマリア、堀田真由、ムロツヨシ
配給:東宝
©2026 映画『君のクイズ』製作委員会


