第66回江戸川乱歩賞受賞作家・佐野広実の傑作小説を、吉岡里帆と奈緒のダブル主演で映画化したサバイブサスペンス『シャドウワーク』。DV被害を受けた女性たちを匿名で保護するシェルター〈おうち〉。日常を取り戻していく平穏な場所に見えたそこは、全国のシェルターと連携して互いのパートナーを始末する“交換殺人”の組織犯罪の現場だった──。SCREEN ONLINEでは、脚本も務めた吉野竜平監督に取材を敢行。2時間の中に人間ドラマを凝縮させた脚本づくりの苦労、吉岡・奈緒をはじめとする俳優陣へのアプローチ、そして作品を通じて見つめた人間心理の本質について、語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

日常のすぐ隣にあるリアリティ──『シャドウワーク』映画化への挑戦

──佐野広実先生が書かれた原作小説との出会いのきっかけと、映画化したいと思われた理由を教えてください。

出版されてすぐのタイミングだったと思うのですが、4年ほど前に本屋さんで平積みされているのを見かけたのが最初のきっかけです。

「シャドウワーク」は、日常と地続きの世界観の中で起こる物語なんですよね。小説によっては、突飛なシチュエーションや現実離れした設定で「映像化したら面白そうだけど、少し難しいかな」と感じる作品もあります。でも「シャドウワーク」に関しては、交換殺人という設定自体は突飛であり得ないものでありながら、どこかとても日常の延長線上にあると感じました。「こういう人たちや組織、事件が実際にあったんですよ」と言われても、「もしかしたらあり得るかもしれない」と思わせるリアリティが、自分の中で非常に印象的だったんです。

──原作では登場人物それぞれのドラマが詳しく描かれていますが、映画では紀子と薫の2人を軸に再構築されています。

原作小説は、春夏秋冬という季節の巡りを含めて1年間の時間が描かれていて、2人を取り巻く周りのキャラクターも含めてとても丁寧に書き込まれています。ですが、映画として約2時間に収めるとなると、どうしても紀子と薫の主体で絞っていく必要がありました。

特に大変だったのは、DV被害者である紀子の再生の描き方です。小説であれば、1年間という時間をかけてじっくり心が回復していくプロセスを、文章で心情まで含めて描くことができます。しかし映像表現においては、2時間という時間的な制約がありますし、かといって内面をナレーションだけで説明してしまうのも無粋ですよね。その時間の凝縮と心情描写のバランスは、小説と映像という表現手法の違いであり、一番苦労した部分ですね。

画像: 日常のすぐ隣にあるリアリティ──『シャドウワーク』映画化への挑戦

吉岡里帆・奈緒と作り上げた「普通の人」としての人間像

──言葉やナレーションに頼りすぎず、吉岡里帆さんの演技によって紀子のグラデーションのような変化が2時間の中で強く伝わってきました。吉岡さんが演じられたことで形になった部分も大きかったのでしょうか。

そうですね。もちろん役者さんがその変化をしっかりと捉えて、シーンを重ねるごとにグラデーションをつけて演じてくださった影響は大きいです。吉岡さんも奈緒さんも、脚本からそうした意図を丁寧にくみ取ってくださいました。

特に吉岡さんは、かなり細かくプランを立てて臨んでくれていたと思います。「この段階ならこれくらい時間が経っているから、周りの人たちとはこれくらいの距離感で話しているはずだ」といったように、緻密に計算されていました。

〈おうち〉に入ってきた当初の固く心を閉ざした状態から、ストーリーが進むにつれてどれくらい心をひらいていくのか。その変化の度合いは僕自身も脚本を書く段階でとても大切にしていた部分ですし、吉岡さんも演じるにあたって様々なプランを準備してくださっていたと感じます。

──紀子は難しい役どころです。吉岡里帆さんをキャスティングした決め手を教えてください。

一観客として昔から吉岡さんの出演作を拝見していて、演技の幅が非常に広い方だなと感じていたのが大きな理由です。

吉岡さんは、どちらかというと少し疲れを抱えているような役柄や、精神的に追い込まれているような役を映画などで演じられている時の姿が、僕の中で強く印象に残っていました。そうした表情や佇まいに惹かれていたこともあり、「ぜひ一度、ご一緒してみたい」とずっと思っていたんです。

画像1: 吉岡里帆・奈緒と作り上げた「普通の人」としての人間像

──吉岡さんとは事前の準備段階でかなり細かく打ち合わせを重ねられたようですが、具体的にはどのように「紀子」というキャラクターを立ち上げていかれたのでしょうか。

僕は普段から本読みは行わず、撮影前にとにかく役柄について話し合う時間を大切にしています。家庭環境といったバックボーンはもちろん、「もしこのキャラがカラオケに行ったら何を歌うか」といった映像に映らない日常的な話までして、お互いのイメージを90%くらい重ね合わせていく作業です。

紀子に関してもアイデアを出し合い、僕からは「猫背にすること」や「人の目を見て話さないこと」、言葉の頭に「あ」をつけてしまうような癖を提案しました。そして〈おうち〉での生活に馴染むにつれて、そうした癖が徐々に薄れていく変化をつけていきました。

一方で吉岡さんからも、「家庭環境を踏まえると衣装は新品ではなく古着がいい」「アイロンのかかったピシッとした服は違うのでは」といった具体的な提案をたくさんいただきました。吉岡さんからのアイデアに対して僕がジャッジしたり擦り合わせたりしながら、2人で一つひとつ紀子の人物像を組み上げていった感覚ですね。

──薫を演じた奈緒さんとは『君は永遠にそいつらより若い』(2021)でも組まれていますが、今回の薫役で魅せた新たな一面や、ビジュアル・役作りにおけるこだわりを教えてください。

奈緒さんはこれまで、どこか柔らかくほんわかした印象の役柄を演じられることが多かったと思うのですが、今回は第一声として「声を低くしてください」とお願いしました。薫はアルコール依存症に片足を突っ込んでいるような役どころでもあり、僕としても少し賭けではあったのですが、実際に演じていただいたら完璧で、見事にハマっていましたね。

また、ビジュアルや人物像を作る上で意識したのは、「かっこいいスーパーヒューマン的な刑事にしない」ということです。映画やドラマによく出てくるような、一人で事件を解決してしまう孤高の女性刑事ではなく、僕たちが日常でよく出会うような普通の人間の延長線上に置きたかった。奈緒さんやスタッフ陣とも「中学校の体育教師の延長線上くらいの感じが良いよね」と話し合い、服装やヘアメイクも含めて、決して特別な人には見えないリアリティを追求しました。

画像2: 吉岡里帆・奈緒と作り上げた「普通の人」としての人間像

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