第66回江戸川乱歩賞受賞作家・佐野広実の傑作小説を、吉岡里帆と奈緒のダブル主演で映画化したサバイブサスペンス『シャドウワーク』。DV被害を受けた女性たちを匿名で保護するシェルター〈おうち〉。日常を取り戻していく平穏な場所に見えたそこは、全国のシェルターと連携して互いのパートナーを始末する“交換殺人”の組織犯罪の現場だった──。SCREEN ONLINEでは、脚本も務めた吉野竜平監督に取材を敢行。2時間の中に人間ドラマを凝縮させた脚本づくりの苦労、吉岡・奈緒をはじめとする俳優陣へのアプローチ、そして作品を通じて見つめた人間心理の本質について、語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

交錯する物語と演出の罠──歪んだ「支配欲」が潜む現実を描き出す

──作中で「ホームドラマ」と「サスペンス」が徐々に交錯していきますが、この構造はどのように設計されたのでしょうか。

単なる情報開示の順序というよりも、紀子側の日常を描いた「ホームドラマのような世界観」と、薫側の「警察ドラマのような世界観」という異質な2つの軸を並行して走らせることを意識しました。

それぞれ独立した物語として進みながらも、どこかで互いにうっすらとリンクしている感覚を作りたかったんです。たとえば、紀子が〈おうち〉のメンバーに捕まって「殺されるかもしれない」と緊迫するカットの直後に、画面が切り替わると薫が悪夢を見てハッと目を覚ます、といったような場面繋ぎですね。

最初は独立して見える2つの物語が、うっすらとした繋がりを保ちながら徐々に接近していき、少し引きの目線で俯瞰した時に、はじめて全体の構造と事件の全貌が浮かび上がってくるような交錯の仕方を狙いました。

──冒頭の〈おうち〉の女性たちの行動が再見のときに違う意味に見えて、恐ろしくなりました。2回目以降の鑑賞まで見越して意図的に編集されたのでしょうか。

そこまで計算し尽くして狙ったというわけではないんです。ただ、〈おうち〉の日常の中にふと滲み出る「少し奇妙な非日常感」のようなものは意識していました。

ですので、真実を知った上で2回目を観た時に「あ、そういうことだったのか」と気づいて、より深く楽しんだりゾッとしたりしていただけるのであれば、作り手としてすごく嬉しいですね。

画像1: 交錯する物語と演出の罠──歪んだ「支配欲」が潜む現実を描き出す

──冒頭の“作業”を終えた女性たちが、車中で山口百恵さんの「プレイバック Part 2」を歌うシーンがとても強烈でした。この楽曲を選ばれた理由を教えてください。

あの冒頭の一連のシーンでやりたかったのは、とにかく観客に「これから一体何が始まるんだろ?」と引きつけることでした。選曲についても様々な案があったのですが、楽曲のストーリーや歌詞の意味合いはあえて一切排除して考えています。

風吹ジュンさん演じる昭江は、〈おうち〉のリーダーであり、歌や音楽が好きな女性です。彼女が車に乗って車窓の外を流れる景色を眺めている時に、ふと本当に無意識に口ずさむ曲としてしっくりきたのが「プレイバック Part 2」でした。ただ、歌詞の内容とは切り離しつつも、サビの「バカにしないでよ」というフレーズには、どこか虐げられてきた女性たちの底知れぬパワーのようなものが滲み出る感覚もあり、あのシーンにぴったりだと感じています。

──善悪だけでは割り切れない物語ですが、監督自身は撮影を終えて価値観が揺さぶられた瞬間はありましたか。

僕は映画や演劇、エンタメ小説に対して「人間はこうあるべきだ」という規範を描くものではないと思っているんです。作り手が「こう生きるべきだよね」と提示するのではなく、あくまでエンターテインメントであるというスタンスですね。だから『シャドウワーク』に関しても、観客に特定のメッセージを押しつけたり、「DV問題の解決策はこれだ」と答えを提示したりすることは意図していません。

ただ、価値観が揺さぶられたというより「根底の部分は共通しているのではないか」と感じたことはあります。たとえば世間で起きる痛ましいストーカー殺人事件なども、深掘りしていくと元々はDV被害があり、警察に相談しても解決せず逃げ惑った末の事件だったりする。ニュースでは「ストーカー殺人」という枠組みで処理されがちですが、根っこにあるのは「他者を支配したい」「尊厳を踏みにじりたい」という人間の欲望なんですよね。

僕らは今回DVというテーマで描きましたが、世の中にある夫婦やカップルの事件も、あるいはパワハラやイジメといった問題も、すべて「相手を服従させたい」「思いのままに操りたい」という共通の心理から起きているのではないかと、改めて強く感じました。

画像2: 交錯する物語と演出の罠──歪んだ「支配欲」が潜む現実を描き出す

<PROFILE> 
監督・脚本:吉野竜平 ※吉野竜平の吉は<つちよし>が正式表記。 
1982年生まれ、神奈川県出身。法政大学在学中よりニューシネマワークショップを受講し、映像制作を開始。大学卒業後、日本映画学校(現日本映画大学)にて撮影照明技術を専攻。長編デビュー作品『あかぼし』(13)は第25回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門に、続く『スプリング、ハズ、カム』(17)は第28回東京国際映画祭「日本映画・スプラッシュ部門」に出品される。芥川賞作家 津村記久子のデビュー小説を映画化した『君は永遠にそいつらより若い』(21)は第33回東京国際映画祭の「TOKYOプレミア2020」にてワールドプレミア上映、スペインAsian Film Festival Barcelona 2021 NETPAC部門で最優秀作品賞を受賞。

『シャドウワーク』2026 年9月25日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 

画像: 映画『シャドウワーク』本予告|9月25日全国公開 www.youtube.com

映画『シャドウワーク』本予告|9月25日全国公開

www.youtube.com

<STORY> 
海の近くに建つ一軒の日本家屋。配偶者や恋人、親から暴力を受けた女性たちを匿うシェルター〈おうち〉だ。夫から逃げ出し〈おうち〉のメンバーとなった紀子は、食事や掃除など暮らしのすべてを“持ち回り”で担うというルールのもと、平穏な時間を取り戻していく。 
だが、紀子は少しずつ何かがおかしいことに気づき始める。誰が見ても和やかなこの場所で肩を寄せ合って暮らす女性たちが、まるで日常の仕事や家事をこなすような手つきで、組織犯罪を行っているのだ。一方、ある女性の不審死を追う刑事・薫が、その女性と〈おうち〉の繋がりに気づき捜査を始めるが、薫の背後には彼女を暴力で支配しようとする夫の晋一がいた─。

<STAFF&CAST> 
原作:佐野広実「シャドウワーク」(講談社文庫) 
監督・脚本:吉野竜平 
主題歌:「tiny end」haruka nakamura(vo.Meadow) 
出演:吉岡里帆 奈緒 美保純 酒井若菜 ファーストサマーウイカ 佐月絵美 北村匠海 原嘉孝(timelesz) 吉岡睦雄 堀家一希 清水尚弥 近藤芳正 井上 肇 小川菜摘 風吹ジュン 
配給:ショウゲート 
Ⓒ佐野広実/講談社 Ⓒ2026「シャドウワーク」製作委員会  

This article is a sponsored article by
''.