役に「言い訳」を作らない──人間が抱える揺らぎとクズさに向き合う演出論
──紀子と薫は決して単純な“正義”を体現する存在ではありません。二人の内面にある揺らぎを描くうえで、大切にされたことは何でしょうか。
この物語が「世間一般の正義のための戦いではない」ということです。紀子にしても薫にしても、社会的なモラルの物差しでは単純に測れない葛藤を抱えています。
世の中のルールや倫理観ではなく、彼女たち自身の中にある独自の判断基準や物差しにおいて「何が許せて、何が許せないのか」。それを突き突き詰めた先に、ラストに向かって二人がどのような決断を下し、引き受けていくのか。二人それぞれの内なる物差しと意志を丁寧に描くことを大切にしました。
──ラストに向かって、紀子と薫の関係性や内面が変化していきます。
紀子にしても薫にしても、決して最初から確固たる信念を持っている超人でもなければ、「正義のために生きる」と固く誓っているわけでもありません。
当然のようにダメな部分もありますし、人から褒められるわけではない部分も抱えている。そうした人間らしい揺らぎを持った「ごく普通の二人の女性の物語」であることを貫きたかったんです。だからこそ、二人に対しても(周りのキャストも含めて)「とにかく普通の人でいてください」と一貫してお伝えしていました。
──紀子や薫だけでなく、路子や昭江など本作に登場する女性たちは皆「普通の人」という共通点を持っているのでしょうか。
そうですね。ただ「普通って何だろう」と考え始めると、完璧な人間なんていなくて、本当は誰もが“普通ではない”のかもしれません。僕が言いたかったのは、「その人の中にあるダメな部分を否定しないで演じてほしい」ということです。
怠け癖があるとか、見栄っ張りだとか、どんな些細なことでも構いません。役者さんはご自身の役にすごく愛情を持ってくださって、それはとても素晴らしいことなのですが、時にそれが役を甘やかすことになってしまう場合があります。そうではなく、そのキャラクターのダメなところもそのまま受け入れて表現してほしいんです。
吉岡さんにも、「もし高校時代に紀子が同じクラスにいたとしたら、『私、この子とはあまり仲良くなれないかもな』と思えるくらいの距離感でいいんです」とお話ししました。「それくらい少し冷ややかに突き放して役を見つめてみてください。過度に愛情だけで包み込もうとしないでください」とお話しました。


── 一方で、北村匠海さん演じる晋一、原嘉孝さん演じる松原、清水尚弥さん演じる宮内清明など、男性キャラクターはどのように描かれたのでしょうか。
男性キャスト陣に関しても、「特別な人たちにしないでほしい」という点は共通していました。
撮影前にDV被害や加害に関わる方々へ取材を行ったのですが、加害者側にも本当にさまざまなパターンがあることを知りました。そのため、エリート官僚やサブカル系、水商売風など、キャラクターごとに異なるタイプとして描き分けています。ただ、タイプは違っても、根底にある「プライドの高さ」や「誰かに依存しないと生きていけない弱さ」といった共通の歪みを意識しました。
また男性陣にも、「役に愛情を持ちすぎて、暴力を振るうことに言い訳を作らないでほしい」とお伝えしました。クランクイン前にバックボーンを話し合っていくと、役者さんは役に愛情が湧いて、「本当は男性側も傷ついた被害者なんだ」と正当化したくなってしまいがちです。
でも今回は、「そうした正当化は一切やめて、シンプルに『ろくでもない奴』として演じてください」とお願いしました。他者を支配したり尊厳を踏みにじったりすることでしか自分を埋められない存在として、1対1で飲みに行けば良い奴に見えるかもしれないけれど、映画の中では一人の人間として突き放して、クズに徹して演じ切ってほしいとお伝えしました。


