岡山県奈義町をモデルとした架空の町「ナギ」を舞台に、地方で生きる人々の姿を描いた映画『ナギダイアリー』。深田晃司監督が奈義町での取材を重ねながら作り上げた本作は、土地や家族、人と人との関係を静かに見つめる物語だ。松たか子演じる寄子と、石橋静河演じる友梨。異なる環境で生きながら、それぞれの不自由さを抱える2人の女性を通して、自由とは何か、そして人がその人らしく生きるとは何かを問いかける。カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも選出された本作について、深田監督に奈義町との出会い、俳優たちとの創作、そして映画表現における「可視化」の意味について聞いた。(取材・文/ほりきみき)

奈義町との出会いが、『東京ノート』をオリジナルストーリーへ導いた

──2016年に平田オリザさんから「奈義町にとてもいい美術館があるから、そこで『東京ノート』を映画化するのはどうだろうか」とメールを受け取ったことが始まりとのことですが、最初に奈義町を訪れ、美術館を見た時に受けた衝撃やインスピレーションについて詳しく教えてください。

そもそも奈義町自体が初めて訪れる場所だったのですが、町に入って最初にすれ違ったのが戦車だったんです。

自衛隊の駐屯地があることは事前に聞いていたのですが、「本当に戦車が公道を走っているんだ」という驚きがありました。ちなみに、その戦車もよくイメージするようなキャタピラのものではなく、公道を走れるようにゴムタイヤになっていて、「こういう戦車もあるんだ」と印象に残っています。まあ、これは余談ですが。

その後に訪れた奈義町現代美術館も非常に印象的でした。磯崎新さんが設計し、荒川修作さん、マドリン・ギンズさん、岡崎和郎さん、宮脇愛子さんが制作を依頼された巨大作品があり、作品と建物とが半永久的に一体化した美術館でした。単純に建物という箱を作って、世界各国の美術品を集めて展示するタイプの美術館ではありません。その空間そのものがインスタレーションであり、美術作品になっている。そこに行かなければ体験できない「固有性」の強い場所だと感じました。

また、人口6000人ほどの決して大きくはない町で、のどかな自然が広がる風景の中に突然、現代的な美術館が現れる。そのギャップも含めて、奈義町を訪れた体験そのものがとても面白かったです。

──平田オリザさんの代表作「東京ノート」をそのまま映画化するのではなく、義理の姉妹という少し珍しい関係性を物語の軸にして、奈義町という地方に光を当てるオリジナルストーリーとした理由を教えてください。

まず一つは、先ほども「固有性」という言葉を使いましたが、奈義町現代美術館は、その場所でしか見ることのできない展示をコンセプトにした場所に、東京から役者やスタッフを連れてきて、場所だけ奈義町を借りながら、物語の舞台は東京という作品を作るのは少しもったいないと思うようになりました。

そう考え始めると、のどかな田園風景の中にある異化効果のような奈義町現代美術館、自衛隊の駐屯地があることなど、奈義町現代美術館の外に広がる町そのものにも関心が湧いてきたんです。それなら、奈義町に暮らす人々が登場する、奈義町の物語にできないだろうか。そう考えたことが、この作品のスタートでした。

画像: 奈義町との出会いが、『東京ノート』をオリジナルストーリーへ導いた

──「地方」と「都会」という単純な対立ではなく、双方に自由と不自由が描かれている印象を受けました。そのバランスはどのように意識されましたか。

「バランス」を意識したというよりも、まず考えたのは、自分が脚本を書き、監督を務める以上、自分の主体性はどこにあるのかということでした。私は東京で生まれ、東京で育っているので、その自分自身の視点や属性から逃れることはできません。まずはその事実をきちんと見つめた上で、奈義町とどう向き合うかを考えました。

これまで地方でロケをすることは何度もありましたが、多くの場合は脚本がある程度できた状態でロケ地を決め、その場所を借りて撮影し、終われば去っていくという形でした。

でも今回は違いました。奈義町でしっかり取材を重ね、その土地や人々に触れながら脚本を作っていこうと考えたんです。それは、自分が東京出身だからこそ、時間をかけて向き合わなければいけないと思ったからでもあります。

今回の映画の大きなモチーフの一つは奈義町そのものであり、「この土地をもっと知りたい」という気持ちがスタート地点にあると思っています。東京で生まれ育った自分が、奈義町という場所や、そこに暮らす人たちをどう理解していくのか。その過程そのものが、この映画に映し出されているのではないかと思います。

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