現代の価値観を忠臣蔵に取り入れたら…
──吉良上野介が松之大廊下で浅野内匠頭から切り付けられたことで亡くなり、上野介にそっくりな弟が身代わりになって幕府を騙しぬくという話に驚きました。着想のきっかけからお聞かせください。
僕自身は忠臣蔵が好きで、年末に放送されるドラマなどをよく見ていました。ところが、作家仲間と雑談していたら20代くらいの若い人の中に忠臣蔵を知らない人がいたのです。若い人は知らないんだと驚きました。
あらすじを話したところ、「なぜ仇討ちをするんですか。それは上司が失敗しただけじゃないですか」と疑問を投げかけられました。知らない世代がいるということはもう一度やる意義がある。ただ、やるならば従来と同じものはできません。
どういう視点から描こうかと考えたときに、赤穂側から見た作品はたくさんあるけれど、吉良側から見た作品はほとんどないことに気が付いたのです。
調べてみると、そもそも吉良側の資料があまりない。吉良側からすれば、勅使饗応の作法を教えてあげたのに、なぜ逆恨みされるんだと考えたかもしれませんし、残された史料にはお上がどう裁決されるかで苦労した話が書かれています。また吉良の里では、上野介が視察に行けば、どんな身分の人にも声を掛け、治水事業も行っていることで、「うちの殿様はすごい名君」と言われたという話も残っている。吉良側からならこれまでとは違う視点で書けるのではないかと思いました。
転生モノではありませんが、現代の価値観を持った人が吉良家にいたら、どういう風に仇討ちを回避し、この事件を解決しただろうかと考えてみました。そこで上野介が入れ替わったら面白いのではないかと思いついたのです。調べたところ、上野介は4兄弟で、末っ子は僧籍に入っていました。武家社会では生まれた順番で勝負が決まります。負けてしまった人が一番上の立場になったらどういうことをするのかを考えて、小説を書いてみました。
──ベースとなる忠臣蔵の話はそのままですね。
「仇討ちをどうするんだ」といった、いわゆる忠臣蔵の構造に沿って進んでいきますが、大石内蔵助像は結構新しいと思います。これまではヒーローとして描かれていましたが、この作品では内蔵助をサラリーマン的に描いて、人間的な弱みも見せています。現代の社会においてリアルな感じで、忠臣蔵を知らなかった方にもイメージしやすいのではないでしょうか。
内蔵助の女遊びは幕府や吉良を油断させるためと言われてきましたが、意外に女好きだったんじゃないかと思ったりします(笑)。その方が人間らしくないですか? もちろん家臣思いのところはあったでしょうけれど、自堕落な面も含めて人間らしい内蔵助を描きたいと思いながら書きました。
そんな内蔵助のマイナスな面もきちんと演じてくれた瑛太さんはお上手だと思いました。瑛太さんがもともと好きで、シリアスからコメディまで全部できる方だと思っていましたが、作品を見て、「よくぞここまで演じてくださった」とうれしくなりました。本当に素晴らしいですよね。