石原さとみと組むことで想定外の扉が開きそうな気がした
──主演の石原さとみさんはご本人が監督の作品への参加を熱望したことが出演のきっかけと聞いております。姉が主人公になった段階で石原さんに当て書きしたのでしょうか。
当て書きはしていません。むしろ主人公は華やかでリーダー的な印象の強い石原さんからいちばん遠く、自分のイメージを体現できる人は何人か思いついたので、そういった方に来てもらえば、思った通りの映画にできる自信はありました。でも、それでは自分の予想を超えられない。石原さんはあんまり俺の映画っぽくないと思っていたけど、あれだけ第一線でやってきた人と組むことによって想定外の扉が開きそうな気がしました。そう思ったら、何か新しいことをやってみたいという気持ちが自分の中で大きくなったのです。結果的には大きな賭けに勝ったと思います。
──石原さんご本人の反応はいかがでしたか。
脚本を渡したときはめちゃくちゃ喜び、脚本についても「最高です!」と言っていました。そのときは本当にそう思っていたのだと思います。しかし、現場には“怯えた小動物”のように、弱りきって迷走した状態で現れました。「やる、やる」と言っていたけれど、いざ撮影となったら怖気付いてしまうという意外な一面を知ることができたところからのスタートでした。
──“怯えた小動物”になってしまった俳優の方はこれまでにいなかったのでしょうか。
いませんでした。唯一、それに近いのが『空白』の片岡礼子さん。あの作品は一発OKの俳優が揃っていたのですが、片岡さんは打ち合わせの段階からすっぽ抜けるくらい肩を振り回していたので、「この力の入れ方だと失敗するだろうな」と心配していました。すると案の定、ドはまりしてしまい、エンドレスになるかと思うくらいテイクを重ねることになったのです。それに近い感じがありました。
──この作品もテイクを重ねたシーンがあったということでしょうか。
死ぬほどやっています。クランクイン前からそれに付き合う覚悟でいました。
これまで何本も撮ってきましたから、“主役をやっている人がここはドはまりするだろうな”というところが大体、想像つきます。でも主役が全部ドはまりするというのは初めて。しかも何でもないところでもはまることがあって、この作品はかなり手こずるだろうと思いながら撮っていました。
──石原さんから何か相談はありましたか。
彼女が気になったことは聞いてきましたが、相談という感じではありませんでした。そもそも彼女はそのときのテンションで芝居をしているので、俺が伝えたことに対して、「わかりました」と言いながら、次のテイクでは全然違うものを出してくる。最初は驚いて戸惑ったけれど、それが面白いと思ってOKになったシーンもいっぱいあります。
具体的な指示を出すのではなく、石原さんに何かが下りてくるようにヒントをあげて、うまくいくことを待つといった感じでしたから、何かが下りてきやすいようにみんなで「オーライ、オーライ」とやっていました(笑)。
──監督はひたすら見守っていたのですね。
そうですね。ただ、石原さんががんばっているのを見ているとファンになってしまいます。そうなると子どものお遊戯会を見ている親のように何にでも感動し、OKを出してしまいそうになるので、ギリギリまで別のことをしてから見るようにしていました。観客は親心で見ているわけではありませんから、「これ、何の撮影をしているの?」くらいの冷めた気持ちで見ても感動しないとお客には伝わらないだろうと思っていたのです。でも、俺は涙もろいところがあるので、すぐにうるうるしちゃうんですよ。そうするとOKと言いたくなってしまう。そういうときは客観視ができていなかったのだと思います。