歴史のうねりが乗っかったセリフを受け止めるのは大変だった
──撮影現場を振り返って印象に残っていることはありますか。
今回は僕自身も大変だった。現代劇は普通、長くても人の一生くらいですが、この作品は戦争の歴史や伊佐美が所属している組織の歴史のうねりのようなものがそのままセリフに乗っかってくる。普段の自分のテンションの中ではやっていけないのです。
例えば、三田さんは凛としながら、先程話した松江のセリフである「私はそれ以来、美しいものを見ていない。それが私の一生や」を言います。三田さんは女優として役を全うしてくれたのですが、そこに気持ちが乗っかってくるので、僕はそれを受け止めなくてはいけない。そういう物語だったということです。素晴らしい原作だと思います。
同時に、圭介と佳代は社会が求めるものに抗っていて、その瞬間に生まれる何か、それこそ美しさみたいなものに敏感でいないといけないので、僕自身も敏感に汚れないようにしていないといけない。そういうことが毎日のように起きてくるので、すごく疲れたのではないかと思います。
──編集を早野亮さんが担当されています。『ペナルティループ』(2024)の荒木監督が早野さんの手腕を絶賛されていました。監督は『ぼっちゃん』(2013)以降、ほとんどの作品を早野さんと組んでいらっしゃいますが、監督からご覧になって早野さんの編集の魅力をどんなところでしょうか。
早野はいいところがたくさんあるんです。まずは、運動神経で編集している(笑)。しかも人間をちゃんと見ている。僕は頭で考えてねちっこくかき回されるのは嫌いだから。相性がいいのだと思います。
他の編集マンとやったことがほとんどないのでわからないのですが、早野は技術で割っちゃうのではなく、人間の感情で割るので行間にも敏感です。セリフが終わったところでぽんと割るのではなく、キャラクターがセリフを言った後に何かを感じているところまで残してくれる。ほんと、こういうところは素晴らしいですよ。
一方で、ここはいっちゃいましょうという思い切りもいい。俺は早野が助手の頃から知っていて、一緒に成長してきた感じがあるから、アイツが褒められると恥ずかしくなっちゃうね。すごくうれしくもあるんだけど。荒木監督はどんなところを褒めていたの?
──細かく指示を出さなくても、こんな感じと言うだけで、ばっぱとやってくれるとおっしゃっていました。
それが運動神経なんですよ(笑)。そういう感覚的なところがある上に、人間の感情に敏感だから、ドラマがすごくうまい。シーンによってどっちの人の気持ちで編集していくか、難しいときがあるのですが、その辺の判断がすごく的確なんです。
何をどういうリズムでやるかを僕が早野に言って、早野が僕の意図を理解してくれれば、後は割ってくれる。その後、2人でいろいろ話ながらやっていく感じです。今回も特に悩まずに進めていけました。
<PROFILE>
監督・脚本:大森立嗣
1970年生まれ、東京都出身。父親は前衛舞踏家で俳優の麿赤児。弟は俳優の大森南朋。大学時代から8ミリ映画を制作し、俳優としても活動。2001年、プロデュースと出演を兼ねた奥原浩志監督作『波』が第31回ロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞を受賞する。阪本順治監督作や井筒和幸監督作など、多数の映画に演出部として携わる。2005年、長編監督デビュー作「ゲルマニウムの夜」が国内外の映画祭で高い評価を受ける。本作の原作「湖の女たち」の吉田修一とは、2013年に第35回モスクワ国際映画祭で日本映画48年ぶりとなる審査員特別賞の快挙を始め、数々の国内賞を受賞した『さよなら渓谷』以来、10年ぶりに両者のタッグが実現。監督・脚本作品として『光』(17)、『日日是好日』(18)、『タロウのバカ』(19)、『MOTHER マザー』、『星の子』(20)などがある。また俳優としても『菊とギロチン』(18/瀬々敬久監督)、『ほかげ』(23/塚本晋也監督)などに出演し活躍する。
『湖の女たち』2024年5月17日(金)公開
<STORY>
事件の捜査にあたった西湖署の若手刑事・圭介とベテランの伊佐美は、施設の中から容疑者を挙げ、執拗な取り調べを行なっていく。その陰で、圭介は取り調べで出会った介護士・佳代への歪んだ支配欲を抱いていく。
一方、事件を追う週刊誌記者・池田は、この殺人事件と署が隠蔽してきたある薬害事件に関係があることを突き止めていくが、捜査の先に浮かび上がったのは過去から隠蔽されてきた恐るべき真実・・・。それは、我々の想像を超えた過去の闇を引き摺り出すー。そして、後戻りできない欲望に目覚めてしまった、刑事の男と容疑者の女の行方とはー。
<STAFF&CAST>
原作:吉田修一『湖の女たち』(新潮社文庫刊)
監督・脚本:大森立嗣
出演:福士蒼汰、松本まりか、福地桃子、近藤芳正、平田満、根岸季衣、菅原大吉、 財前直見/三田佳子、浅野忠信
配給:東京テアトル、ヨアケ
©2024 映画「湖の女たち」製作委員会